役割語

「記号的な中国人」が話す日本語の「〜ある」の起源は九州方言ではなかろうか? と以前考えてみたことがある。(→


こういったステレオタイプの話し方のことを言語学者金水敏氏は「役割語」と名付けた。

役割語」の定義は次の通り。

ある特定の言葉づかい(語彙・語法・言い回し・イントネーション等)を聞くと特定の人物像(年齢、性別、職業、階層、時代、容姿・風貌、性格等)を思い浮かべることができるとき、あるいはある特定の人物像を提示されると、その人物がいかにも使用しそうな言葉づかいを思い浮かべることができるとき、その言葉づかいを「役割語」と呼ぶ。

金水敏『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』P205)


役割語」の言葉づかいは、書き言葉における「文体」に対し、話し言葉における「話体」であるとされる。
この話し言葉とは現実の話し言葉というよりも、小説などの文章(あるいは演劇など)の中でセリフとして表現される場合の話し言葉とした方がより正確かもしれない。
ステレオタイプの中国人の「〜ある」という話し方はまさしく「役割語」の一つである。
そこで、なぜそれが中国人の話し方という役割を持つようになったのかというと、幕末から明治維新の頃、横浜などの外国人居留地で話されていたピジン日本語(商売をするために最低限通じればいいと極々簡略化された日本語)に起源があるという。そこでは、片言のようなピジン日本語として中国人に限らず欧米人にも語尾に何でも「〜あります」と付けるような話し方がされていたという。(→ *1)この「〜あります」がさらにくだけて「〜ある(よ)」が、特に中国人だけをイメージさせる「役割語」となっていったというわけである。大正時代になると「〜あるよ」が中国人をイメージさせる「役割語」としてすっかり定着していた。

では、そもそも「〜あります」はどこから来たのか?
「〜あります」は、明治維新頃から演説口調として、また軍隊語(軍隊の「役割語」)の「自分は〜であります」のような口調として広まっていったものとも共通している。この「〜あります」は、軍隊の基礎を作った長州の方言からきたとも、遊女言葉の「〜ありんす」が変化したものとも言われるが詳らかではないようだ。とにかく幕末ごろから広まった言い方らしい。


役割語」とは、実際にそのような話し方がされている/いたか否かよりも、いかにもそのように感じさせる言葉づかいのことである。だから「役割語」のイメージが定着すればあとは一人歩きする。
役割語」は多分に書き言葉における話し言葉、一種のフィクションだから、現実の人間が「役割語」の表すイメージに拠ろうとして実際の喋り方に取り入れたらむしろわざとらしく不自然に感じられるだろう。
たとえば、下の引用記事にあるように、「〜っす」が“イラッ”とくるのも当然で、「〜っす」はあくまでも「元気の良い体育会系の後輩(そして頭が単純そう)」をイメージさせる「役割語」であり、現実の言葉づかいに持ち込んだらやはり不自然でおかしいのである。

社会人に聞いた“イラッ”とくる言葉遣い、「〜っす」や「ですよねー」
2009年05月15日 10時00分


 社会人ともなれば、取引先の相手や上司・後輩など様々な人とコミュニケーションをとる上で“言葉遣い”には最善の注意を払っておきたいところ。そこで、オリコンでは20〜40代の社会人を対象に『会社や出先などで耳にした“イラッ”とくる言葉や言葉遣い』についてアンケート調査(自由回答)を実施。その結果、【〜っす】や【ですよねー】などの言葉遣いに苛立ちを覚えている人が目立った。


 上司と部下との会話の1シーンで「今日はいい天気っすよね」、「本当っすか?」なんていうやり取りは容易に想像出来るが、「敬語のつもりかもしれないけど、なめられた気分になる」(東京都/30代/男性)、「バカにされているように感じる」(神奈川県/20代/女性)と、実は【〜っす】という言葉遣いが与える不快感は大きいようだ。さらに【ですよねー】、【そうなんですかー】など、無駄に“語尾をのばす”物言いも「覇気がない」(大阪府/40代/女性)、「非常に軽い感じがする」(千葉県/30代/女性)とあまり良い印象は与えない様子。
(後略)

オリコンランキング
http://career.oricon.co.jp/news/66122/full/


(*1)
ただし、参考文献で指摘されているように、この「横浜(の外国人)方言」を紹介している明治初期の本が多分にパロディ的な本らしいというのである。だから、すでにそれ以前から中国人(外国人)の喋り方として「〜あります」や「〜あるよ」が「役割語」的な認識をされていて、その本はそのままパロディに使っただけではなかろうか、と思われなくもない。
明治以前、近世に、中国人・外国人は実際どのような日本語を喋っていたのか、そして外国人を表す「役割語」があったのか、知りたいところである。


参考文献

ヴァーチャル日本語 役割語の謎 (もっと知りたい!日本語)

ヴァーチャル日本語 役割語の謎 (もっと知りたい!日本語)


(追記)
以前読んだジェームス・ブラウンの自叙伝で、JBが少年院に入れられた際に看守に対しての言葉づかいが「〜っす」となっていたことを思い出した。それが少年院の悪ガキをイメージさせる言葉づかいとして訳者が採用した「役割語」だったわけだ。

俺がJBだ!―ジェームズ・ブラウン自叙伝 (文春文庫)

俺がJBだ!―ジェームズ・ブラウン自叙伝 (文春文庫)