自動車依存社会の終焉を目指して—8. 自動車のあるべき姿

自動車にはさまざまな弊害が大きいが、役に立っている面もあるわけだから、いきなり全否定してしまうことはできない。人間は常に足で歩くだけでよいとはいかない。「乗り物」が必要なこともある。
そこで自動車のあるべき姿を考えてみよう。

原則として道路は人間のものであるから、道路の優先順位は、
人間(歩行者)>自転車などの軽車両>自動車
であることが基本でなければならない。
道路では、人間の歩行を妨げない範囲において軽車両の通交が認められ、人間と軽車両の通交を妨げない限りにおいて自動車の通交が認められるべきである。現在はそれがそっくり逆さまになっている。(→*1)
今、短距離移動のための、特に高齢者向けの乗り物として、原動機付き自転車と自動車の中間に位置する超小型自動車が注目されるようになってきている。(→*2)それらは環境や省エネといった面から注目されることが多いが、むしろ、人間の生活や都市のあり方から考えてみるのがよい。乗り物は「環境に優しい」以上に「人に優しく」なければならない。
高齢者向けに限らず、そのような乗り物で、かつ、ごく低速でしか走行できないもの(「飛び出すな車は急に止まれない」なんて車中心の横柄な標語を不要とするもの)が、市民社会において本来的に「自動車」として許容される乗り物の限度であろう。現状の自動車のような市民社会の自由を侵害するものであってはならない。(→*3)
すくなくとも個人的な「乗用車」はそれを限度とし、現行の自動車はそれに置換され、公共交通機関が「社会的共通資本」として技術と責任を持った専門家によって運営されるのが望ましい街や地域社会の姿である。
近年、若者の車離れ(→ )がいわれるようになって、日本の衰退の兆候の一つととして嘆く意見もあるが、自動車依存社会への抵抗として自動車産業に対する消極的な不買運動とみることができる。若者の車離れは日本の衰退ではなく、文明転換への曙光ととらえよう。
自動車はアメリカ型大量消費社会のマッチョ志向が産み落とした怪物であった。その怪物が逆に人間社会を蹂躙してきた。自動車という怪物は葬り去られねばならない。日本におけるモータリゼーションが20年かけてなされたのなら、モータリゼーションから転換するのに20年かけてもよかろう。その時、人間中心社会が取り戻せるのである。(→*4)

(了)


(注)

*1
だから、自転車は車道を走れというならば、車道では自転車の方が自動車よりも優先されるべきなのである。


*2

超小型EVで知恵絞る=高齢化社会の「足」に−東京モーターショー


 軽自動車より小さく、原付きバイクより安全−。
3日に一般公開が始まった東京モーターショーで、短距離移動に特化した2〜3人乗りの超小型電気自動車(EV)が相次いで登場した。高齢化社会を支える新たな交通手段として、国土交通省地方自治体は超小型EVに注目。メーカー各社は、操作性や安全性確保に知恵を絞っている。
 ダイハツ工業の「ピコ」は前後2人乗りで、子供の飛び出しなどの危険をレーダーで感知して音や光で警告、必要に応じて自動停止する機能を持たせた。駐車場などで進行方向に障害物がある場合、アクセルとブレーキを踏み間違えても急発進しない。
 スズキの「Qコンセプト」も前後2人乗りで、運転席を回転させて横向きにできるため乗降しやすいのが特長。後部座席の代わりに荷台を設置すれば、小口の集配にも利用できる。ホンダの「マイクロコミューターコンセプト」は幅1メートル25センチの小さな車体ながら、前に大人1人、後ろに子供2人が乗れる設計。ハンドルの代わりに、2本のレバーで感覚的な運転操作ができる。(2011/12/03-15:23)
時事通信

こういった乗り物がベストというわけではないが、多少望ましい形には近づいている。事故が起きた時できるだけ被害が少ないような構造にするだけでなく人為的ミスを補い積極的に事故を防ぐシステムの実装は重要であろう。
地方であっても、このような簡便な乗り物で充分である。それは自分の地方生活の経験から分った。


*3
ここでいう「市民的自由」とは、宇沢弘文の考え(→)に従い、健康で快適な生活を営むことができる「生活権」および安全にかつ自由に歩くことができるという「歩行権」を含む、基本的な市民的権利を享受する自由のことを指す。そして、トートロジー的になるが、自動車によってそれが侵害されない自由である。


*4
ゆえに、政府のなすべきことは、自動車の消費低迷に対して税を安くしてまで自動車を買わせようとすることではなく、むしろ自動車には「社会的費用」としての重税を課し、新たに真に人間的な乗り物を促進・普及させていくための、交通政策の転換である。大都市部では自動車通行量の積極的な抑制、公共交通機関として路面電車網の再整備なども重要になってくる。


(承前)
自動車依存社会の終焉を目指して—7.「犯人」は誰か?