休暇の分散化と日本人の意識

社説:休暇の分散化 やってみる価値はある

 観光庁が、春と秋に地域別で時期をずらした大型連休を創設するなどの休暇分散化案をまとめた。交通機関や旅館・ホテルの混雑を緩和し、新たな観光需要の掘り起こしなどにつなげる。議論を重ね、2012年にも実施したいという。

 案によると、現在の「国民の祝日」の一部を休日でなくし、代わりに春と秋、土日を含む5連休を地域別に時期をずらして設ける。地域分けは北海道・東北・北関東▽南関東▽中部・北陸信越▽近畿▽中国・四国・九州・沖縄−−の五つだ。

 分散化の検討は観光業界の要望で始まった。ゴールデンウイークをはじめ休暇が集中している結果、観光産業が収益を上げられる日数は限られ、黒字の日は年間100日程度とも言われる。また、客の側も混雑や渋滞、繁忙期料金の高さなどで旅行をあきらめる傾向がある。分散化で観光産業の収益力が高まれば、雇用創出や地域活性化につながるし、サービスの質や外国人観光客を受け入れる対応力の向上も期待できるというもくろみだ。

 混乱を心配する声も多い。経済界からは、勤務地や通学先で家族の休みがバラバラになる恐れがある▽全国で事業展開する企業は対応が難しい、との意見が出ている。観光庁国民意識調査でも「この時期の祝日のそもそもの意識が薄れる」「分散して休むと、逆に業務に差しさわりが出る」「祭事やイベントに参加しづらくなる」という理由で、約3割が分散化に反対だった。

 「休日でない祝日」ができることが祝日法の趣旨に合うかといった疑問もある。特に、憲法記念日やこどもの日が休日でなくなるのは反発を呼びそうだ。

 しかし、こうした問題点をふまえても意義深い試みだと評価したい。内需拡大や観光振興という経済的側面だけではない。「休むことが苦手で下手」と言われる日本人にとって、働き方や家族とのかかわりを主体的に考え直すきっかけになると思えるからだ。「ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)」は言葉としては広まり定着した。しかし、民間労働者の年休取得率は08年で47・4%にすぎず、ほぼ100%の英独仏などとの開きは大きい。

 どう休むかは個人の問題だ。それぞれの自由な選択で休暇を取りやすくする一人一人の意識改革が大切なのは言うまでもない。政府が休み方を誘導し、観光需要をならすのはやりすぎかもしれない。しかし、「みんなが休むから休もう」「みんなが働いているから休めない」の横並び意識がなかなかぬぐえず、「調和」への道のりが遠い中、休暇分散化はやってみる価値のある試みである。

毎日新聞 2010年3月5日 2時30分)



毎日新聞のこの社説を読んで考えた。
休暇の分散化とは面白い試みだと思うし、実際実現したらここに述べられているように日本人の意識の修正が迫られることになるかもしれないくらい影響が大きいだろう。
でも、みんなが、とか、世間がとかの動向を自分の行動の判断基準にする日本人の横並び意識はそんなに悪いことだろうか? 良い悪いというよりもはやそれが日本人のアイデンティティの一つではないか。日本人にとって「調和」とは、横並びであることも重要な要素である。もはや、グローバルスタンダードという時代でもない。日本人の大勢はそれでいいと思うし、ただそうでない人の存在も許容できるようになる程度で良いのではないか。
個人的には実現すれば面白いと思うが。
日本の職場は組織のていをしていても個人作業・個人依存のような部分が大きいから、別々に休みを取るとその間はその人の業務が滞り全体の効率も落ちる、それなら皆で日本国中で休んでしまった方が結局は効率が良いという、これまでの行き方に変更が迫られるわけだから。仕事が個人主義のゆえに休暇が全体主義になってしまうというのが現状であるのだ。
そもそも休暇分散化は仕事に支障を来すから反対というのは、休暇分散化はそういう仕事の仕方を見直しましょうということだから、それに対する単なる現状維持論でしかない。建設的反対論とは言えない。