叙述トリック

推理小説のトリックで、文章の書き方や作品の構成自体が読者を欺くトリックになっている叙述トリックが、現在の推理小説では盛んに用いられている。
以前読んだ推理小説その他で出合った叙述トリックの類例をもとに考えうるものをちょっと纏めてみた。
実際に叙述トリックが用いられる際は一つのトリックだけではなくいくつも組み合わせたり非叙述トリックとの併用で使われることが多いようだ。


古典的な叙述トリック
・一人称の物語の客観的な語り手と思われた人物が実は犯人


登場人物の役割錯誤パターン
・探偵役と思われた人物が実は犯人
・被害者と思われた人物が実は犯人
・ワトソン役と思われた人物が実は犯人
・犯人と思われた人物が実は探偵
など
これらは意外な犯人というネタで叙述トリックでなくても成り立つが叙述トリックを絡めるとより効果的なことがある。
異色なものとして
・読者が犯人
というものもある。
・ワトソン役が実は真の探偵
というパターンもある。


登場人物の属性錯誤パターン
・性別の錯誤、男(女)だと思わせていた人物が実は女(男)
・年齢の錯誤、子供だと思わせていた人物が実は大人、またはその逆、若者と思わせていた人物が実は老年や中年、またはその逆など
・家族関係の錯誤、親子や夫婦、兄弟と思わせて実は違ったなど
・職業、国籍などを錯誤させるもの
異性愛の話だと思ったら同性愛の話だった
・幽霊だと思わせて生者だった
・動物、無生物と思わせて人間だった、またはその逆
・探偵役が誰なのか謎解きであきらかになるもの
など


人物錯誤パターン
・代名詞や何かの呼称で指示される人物を別人物と錯誤させるもの
・別々の人物に同じ呼称・名称・役割が与えられ同一人物と錯誤させるもの
・ある人物の出来事や行為かと思わせて実は別人物のエピソードだった
・別人の出来事や行為かと思わせて実は同一人物のエピソードだった
・ある人物のセリフ、語り、視点だと思わせて実は別の人物のものだった
・登場人物の人数を錯誤させるもの
・特定の登場人物を存在しないかのように記述するもの
など


一人二役、二人一役、X人Y役パターン
・場面Aと場面Bに登場する人物を別人と思わせて実は同一人物だった
・場面Aと場面Bに登場する人物を同一人物と思わせて実は別人だった
・同一人物が複数の役割やキャラクターで登場し別人と錯誤させるもの
・二人の人物がいると思わせて実は一人の同じ人物だった、またはその逆や、それをさらに三人以上に拡大したものなど
・登場人物が複数の呼称で登場し誰が誰にあたるのかの同定を錯誤させるもの


時間、空間などの状況錯誤パターン
・ある出来事が物語の流れから思わされた時間や場所とは別の時間や場所での出来事だった
・エピソードの時系列を錯誤させるもの
・場面Aと場面Bが同一時間や連続時間の状況と思わせて実は現在と過去など離れた時間の出来事だった、またはその逆
・場面Aと場面Bが同一場所や連続空間の状況と思わせて実は離れた別々の場所の出来事だった、またはその逆
・別々の出来事をあたかも同じエピソードであるかのように描くもの、またはその逆
・時代関係の錯誤、現代の話と思わせて実は過去だった、またはその逆など
・地理関係の錯誤、ある地方・場所の話だろうと思わせて実は全く別の地方・場所の話だったなど


劇中劇・メタフィクションパターン
・物語における現実の出来事だと思わせて実は物語中で作られたフィクションだった
メタフィクションとして物語構造自体を題材にしているもの
・作品が入れ子構造になっているもの
・夢オチ
・夢オチと思わせて実は現実だったことを示唆するもの
・実際の出来事かと思わせて実は演技だった
など


妄想、空想パターン
・精神異常者や精神異常状態での妄想や空想と思わせた状況が実は現実だった
・陳述能力が未熟・不自由な人物の信頼を置けない語りだと思わせた状況が実は現実だった
・一見通常に見える叙述や描写が実は異常な精神・心理状態での妄想だった
など


その他
・物語がバラバラに分断され場面ごとの順番も入り乱れ種明かしされるまで作品構造がつかめないもの
・複数のエピソードが並行していき種明かしで結びつくもの
・特異な状況をそうとは思わせないで描写するもの
・物語に複数の語り手がいて辻褄の合わないことや違うことを述べるもの
・時空間や物理法則の錯誤、実時間・実空間・現実の物理法則などとは異なる状況の出来事だった
・地の文の語り手が記憶違いをしているもの
・地の文の語り手がわざと嘘をついているもの
・地の文の語り手が精神異常者
・信頼できない語り手
・視点の錯誤、一人称二人称三人称神の視点などある視点だと思わせて別の視点だった
・事件と思われた出来事が単なる事故や偶然の積み重ねだった
・読者に自明のことを登場人物にも自明と思わせて実は登場人物は知らなかった
・作者が出てきて「読者への挑戦」や語りかけをするもの(叙述トリックでなくてもあるが特に叙述トリックとして行うもの)
・「種明かし」が行われても解決されない「謎」や「真相」が曖昧なまま残されるもの(これ自体が叙述トリックというわけではないが、最後にすべての謎がすっきり明かされるものという推理小説のお約束から逸脱しているので広義の叙述トリックともみなせる)