ビーチ・ボーイズ『スマイル』を聴いた

[[]]このたびようやくビーチ・ボーイズの『スマイル』を聴きました。

The Smile Sessions Box Set

The Smile Sessions Box Set


まず、上のセットのディスク1に収録されている「完成版」としての『スマイル』を聴いてみて、結論からいうと、 以前も少し触れたように、今まで公式、非公式(ブート)でさんざん出回っていた音源で聞かれる以外の全く未知のパートは存在していなかったのだろうということです。聞ける形で録音されていた要素は多分それがすべてだった。そのさまざまなテイクやバリエーションがまとまらずに放置され『スマイル』は未完成だったのでしょう。


今回(2011年)のビーチ・ボーイズ版『スマイル』の曲目は次のようになっています。(ボーナストラック除く)

1. Our Prayer
2. Gee
3. Heroes And Villains
4. Do You Like Worms (Roll Plymouth Rock)
5. I’m In Great Shape
6. Barnyard
7. My Only Sunshine (The Old Master Painter / You Are My Sunshine)
8. Cabin Essence
9. Wonderful
10. Look (Song For Children)
11. Child Is Father Of The Man
12. Surf’s Up
13. I Wanna Be Around / Workshop
14. Vega-Tables
15. Holidays
16. Wind Chimes
17. The Elements: Fire (Mrs. O’Leary’s Cow)
18. Love To Say Dada
19. Good Vibrations


2004年のブライアン・ウィルソン版の『スマイル』は

1. Our Prayer / Gee
2. Heroes and Villians
3. Roll Plymouth Rock
4. Barnyard
5. Old Master Painter / You are My Sunshine
6. Cabin Essence
7. Wonderful
8. Song For Children
9. Child is Father of the Man
10. Surf's Up
11. I'm in Great Shape / I Wanna Be Around / Workshop
12. Vega-Tables
13. On a Holiday →(ビーチボーイズ版スマイルの“Holidays”と同じ曲に歌詞付加)
14. Wind Chimes
15. Mrs. O'Leary's Cow
16. In Blue Hawaii →(ビーチボーイズ版スマイルの“Love To Say Dada”と同じ曲に歌詞付加)
17. Good Vibrations

スマイル

スマイル


これらを比べると、若干の曲順や曲名が違うだけで構成はほぼ同じであることが分ります。2004年のブライアン・ウィルソン版『スマイル』を手本に、オリジナルの『スマイル』の音源+αで作ったのが今回の『スマイル』なのでした。+αの要素は後に個別の曲として出された時の音源を用いているようです。今回のための新録はしていないと思われます。
以前触れた通り2004年のブライアン・ウィルソン版『スマイル』の制作を主導したのはブライアンのサポートバンドのリーダー、ダリアン・サハナジャであり、ブライアンが作ったといってもダリアンの示唆がかなり入っていると考えられるわけです。今回のスマイルも結局その延長線上にあるので、幻のオリジナル『スマイル』はまた違った形だったのかもしれません。


今回2011年版『スマイル』の構成は以下のようにまとめられます。

Our Prayer
Heroes And Villainsとその派生・関連曲(今回のでは、Gee , Heroes And Villains , Do You Like Worms (Roll Plymouth Rock) , I’m In Great Shape , Barnyard)
The Old Master Painter / You Are My Sunshine
Cabin Essence
Surf’s Upとその関連曲(今回のではWonderful , Look (Song For Children) , Child Is Father Of The Man , Surf’s Up)
Vega-Tablesとその関連曲(今回のでは I Wanna Be Around / Workshop , Vega-TablesI)
Wind Chimesとその関連曲(今回のでは Holidays , Wind Chimes)
The Elements: Fire(Mrs. O’Leary’s Cow)
Love To Say Dada
Good Vibrations


“Our Prayer”から“Surf’s Up”までが28分なのでこれが「A面」、“I Wanna Be Around / Workshop”から“Good Vibrations”までが26分34秒で「B面」というわけなのでしょう。
曲の内容からみて「A面」のテーマはアメリカ開拓史でしょう。初期の移民の時代をテーマにしたのが“Heroes And Villains”、そしてだんだん時代を下ってきて、“Surf’s Up”は『スマイル』制作当時の1960年代後半アメリカでの既成の価値観の崩壊を歌ったものだと思われます。
「B面」にいくと、地・風・火・水の四つのパートからなるとされていた“The Elements”の組曲の、地が“Vega-Tables”、風が“Wind Chimes”、火が“Mrs. O’Leary’s Cow”、水が“Love To Say Dada”と見立てられ、「B面」はこの組曲に充てるという作りなのでしょう。そしてラストが大ヒット曲“Good Vibrations”で〆られます。“Love To Say Dada”のラストに“Our Prayer”のワンフレーズが置かれているから『スマイル』本編はここまでで、“Good Vibrations”以下数トラックのおまけは「ボーナストラック」とみることもできます。

このような構成は2004年のブライアン・ウィルソン版『スマイル』が出る前に、すでに1990年代から近いものがブートで現われているので、あるいはブートの方が逆にそれに影響を与えたのでしょうか。『スマイル』のブートも初期のものはただ漫然と音源を並べただけですが、次第に構成を考慮した作りのものが現われてきます。(→ *1)



その他気付いた点
・これまでに出回っていたスマイル音源にくらべると音圧が現代的に上がっている。
・今回の完成版『スマイル』本編はモノラル仕様になっている。しかし、ディスク2以降のセッション音源集にはステレオになっているのが多い。だからオリジナルジャケット上部のFULL DIMENSIONAL STEREOの文字が今回のはFULL DIMENSIONAL SOUNDとちゃっかり書き換えられている。LPの方にステレオバージョンが収められているがまだ聴いていない。
・音質はなかなか良く、モノラルにしては音が団子状に固まらず音の分離もよい。今回の仕上げには大分気を使ったのであろう。
・“Look (Song For Children)”の2分04秒から挿入される遊園地っぽいノベルティなフレーズがブライアン・ウィルソン版ではなぜかカットされていたが今回のはそのまま残してあるのがうれしい。この部分はやっぱりないとダメだと思う。手元にあるブートだとこのフレーズは曲中で2回現われるが、今回のでは1回だけ。
・ブートに“George Fell Into His French Horn”というタイトルで収められていた、ひしゃげたホーンを吹くだけの変な曲は、『スマイル』に収録するつもりのないお遊びだろうといわれていたが、その通り今回のには収録されていない。(追記)『スマイル』本編にはないがその音源はディスク3の#19に“Surf's Up:Talking Horns”として収録されている。
・“Heroes And Villains”(「英雄と悪漢」)のバックトラックを聞くとスネアの響きがかっこいい。1980年代のゲートリバーブを思わせる。
ビーチボーイズの伝記(→ *2)を読むとスマイル当時のブライアンは効果音に凝っていたそうで例えば水にまつわる効果音だけのアルバムを作ろうとしたり、またユーモアにも凝っていてユーモアだけのアルバムを作ろうとしたりしたそうで、いずれも実現しなかったが、それらの要素はスマイルに溶け込んでくることになったと分る。ブライアンは音響派の走りだった。
・“Cabin Essence”のOver and over〜のところのバックの不思議なエキゾチックな調べがはっきり分った。
・『スマイル』がひとまずまとまったことで『スマイリー・スマイル』もそれ自体としての良さが見えてきた。
・ディスク3の#21の“I Wanna Be Around”が冒頭から陽気な4ビートのジャズ演奏が飛び出してきてちょっとびっくり。セッションミュージシャンたちの気楽なウォームアップらしい。
・CDがスリーブに直接刺さってるだけで危なっかしいからプラケースに入れるべきだと思った。そしてアナログ盤の分もすべてCDにしたセットでもよかったのではなかろうか。
・ディスク2〜5のスマイルセッション集は、同じ曲の同じパートのテイク違い幾つも並べてあるのではなく、同じパートでも、だんだん楽器が増えていったり、ボーカルが重なってきたりと、変化がつけてあるので、通して聞いても結構聞き飽きない作りになっている。単なる「資料集」におわっていない。



『スマイル』ボックスセットの箱。店の部分が立体的な作りになっている。



手荒く扱ったわけでもないのに箱の角がパッカリ裂けた。何で(+_+)。後で内側に紙を貼って補強するつもり。



参考文献
*1 SLIME―THE BEACH BOYS‐SMILE 徹底解析書
*2 ビーチ・ボーイズ―リアル・ストーリー〈上〉 ビーチ・ボーイズ―リアル・ストーリー〈下〉