木造文化財建築修復のオリジナリティについて

木造文化財建築は修復の際に傷んだ部材を取り替えていく。それを繰り返しているうちに、いずれ当初の部材はすべてなくなり、交換された部材で成り立っているということになる。これは果たしてオリジナルの建造物と言えるのだろうか。ギリシャ哲学の「テセウスの船」と同様の問題となる。修復を繰り返しているうちにオリジナルの部材の残存率が50%を切った時点でもはや別物と見做すべきか、少しでも当初の部材が残っているからオリジナルとみなすべきか。何をもって同一性と見做すのか。修復という過程自体にオリジナルを認めるべきか。当初の部材の残存率が80%→60%→40%といったような過程にオリジナルを認めるべきか。非常に難しい問題だと思う。