のらくろの出世の限界

戦前の人気漫画『のらくろ』は、主人公の「のらくろ(野良犬黒吉)」が、食うに困って軍隊(猛犬連隊)に入り、はじめは失敗して叱られてばかりして(営倉という軍隊内の牢屋にも入れられたりする)いたのが、次第に機転を利かせた活躍をして出世(昇進)していき、二等兵だったのが、下士官になり、士官学校に入り、将校になる、そして当時の日本の状況を反映し、のらくろの犬の国と隣国の豚の国の戦争の話になり、そこでものらくろは手柄を立てて大尉にまで昇進し、戦争が一段落ついたところでのらくろはあっさり軍隊を除隊し、大陸で鉱山開拓のような仕事をはじめる、ここまでで戦前にかかれた部分は終る。
作者(田河水泡)は、のらくろをもっと軍隊で活躍させる構想でいたが、軍隊を漫画化したことに当時の軍部は面白くなく、作者は当時の戦争を美化宣伝するようなストーリーも描いて軍部に迎合したが、やはり軍部は気に入らず、結局のらくろを除隊させ軍隊ものから冒険ものにテーマを変えたが、戦争が激しくなって描き続けられなくなったという。
無邪気な子供の読者は、のらくろがどんどん手柄を立ててこのまま大将・元帥にまで登り詰めることを期待したかもしれないが、現実の軍隊では正規のコースを通ったキャリア組でもない二等兵あがりがいくら手柄を立てようがそんな昇進ができるわけもなく、のらくろが大尉にまでなったのも異例の出世だから、軍部が不快に思ったのもそこかもしれないし、けっきょく軍隊ものとしての『のらくろ』はそこまでが限界だった。
草履取りが関白にまでなった秀吉の時代や足軽が大官になった明治初期とはもう違うのである。
軍隊も官僚組織だから、高級幹部になれる要員はあらかじめキャリア組として決っていて、現在の自衛隊でも兵隊クラスから幕僚長にまではなれない。


のらくろ漫画大全 (スーパー文庫)