信念の様相論理

先に信念を疑念と対にして考えてみたが、あまり適当ではなかったかもしれない。
そこで今回は信念の「信じる」を「思う」と対にして考えてみる。
□=¬◇¬、◇=¬□¬という関係において、「信じる」を□と置き、「思う」を◇と置くと、
「Pであると信じる」とは「Pでないと思わない」
「Pであると思う」とは「Pでないと信じない」
とすることができる。
この意味するところは、思考しうるあらゆる思考世界においてPであることが真であると思うことがPであると信じることである、ということである。
つまり、Pであるとしか思えなければPであると信じるしかない、ということである。
そうだと信じていても違うと思うことができるのではないかという、日常言語の「信じる」と「思うの」微妙なニュアンスとは若干合わないかもしれないが、ここではある程度意味を限定して考えることにする。
信念世界も思考世界も個人的な主観的なものだから、客観的には真でないことであってもある個人の信念世界において真ならばそれはその個人にとっては真である。
逆に、自分に嘘をついて、思ってもいないことを信じていると言ってみたところで、個人の世界においても嘘は嘘でしかないということでもある。


様相論理参照)