上代の助動詞「ふ」について


(助動四型)《上代語》動作の反復・継続の意を表す。
1.反復の意を表す。何度も…する。
2.動作の継続の意を表す。…しつづける。
接続 四段動詞の未然形につく。
語法 「うつらふ」→「うつろふ」、「すすらふ」→「すすろふ」、「つづしらふ」→「つづしろふ」などのように動詞語尾がア段からオ段に変化することがある。この場合の「うつろふ」「すすろふ」「つづしろふ」を一語とする説もある。
語史 助動詞「ふ」は上代だけに例があり、中古以後は、「語らふ」「住まふ」「まじらふ」などと一語の動詞と化した。

(旺文社古語辞典)


「ふ」は助動詞というより、もはや動詞を形成するための要素の一つといえるかもしれません。


「なびかふ(靡かふ)」←「なびく(靡く)」+「ふ」
「ならふ(慣らふ・習ふ)」←「なる(慣る)」+「ふ」
「むかふ(向かふ)」←「むく(向く)」+「ふ」
「ゆはふ(結はふ)」←「ゆふ(結ふ)」+「ふ」
「よばふ(呼ばふ)」←「よぶ(呼ぶ)」+「ふ」


なども「ふ」によって作られた語であり、


「たたかふ(戦ふ)」←「たたく(叩く)」+「ふ」
「ねがふ(願ふ)」←「ねぐ(祈ぐ)」+「ふ」
「のろふ(呪ふ)」←「のる(宣る)」+「ふ」


などもその類と考えられそうです。


さて、ここで、動詞の活用形を語幹+接辞としてとらえなおす試み、および動詞の活用を語幹+接辞としてとらえなおす試み 古語編、によって、「ふ」をとらえなおしてみます。
この場合、四段動詞の未然形に接続する助動詞「ふ」は、接辞「afu」とみなすことができます。たとえば、「narafu(ならふ)」は「naru(なる)」の語幹「nar」に接辞「afu」がついて「narafu」となると見るわけです。
この接辞「afu」は仮に「fafu」としてもいい訳です。「nar」+「fafu」と接続する場合、子音の連続の際に「f」が脱落するからです。これも上の試みで述べている通りです。
なぜ「fafu」なのかといえば、「はふ(fafu)」という接尾語との関連を考えるためです。

「はふ」とは、

あじはふ(味はふ)」←「あじ(味)」+「はふ」
「いはふ(斎ふ・祝ふ)」←「い(斎)」+「はふ」
「さきはふ(幸はふ)」←「さき(幸)」+「はふ」

などのようにして動詞をつくる接尾語です。
つまり、名詞またはそれに準じる語を動詞化してその状態が継続するという意味を表す「はふ」という接尾語が、四段動詞に接続した場合に、助動詞の「ふ」となって見えるのではないでしょうか。
つまり、ここに存在するのは、「(何か)」+「fafu(はふ)」で動詞化する一つの形式だけで、その「(何か)」にあたる形態素が、母音終わりの場合はそのまま「fafu」が付き、子音終わりの場合は発音上「f」の脱落が起きて「afu」が付くように見え、これが「はふ」と「ふ」である、と統一的に解釈することができそうです。
(ここでは上代のハ行は「ファ、フィ、フ、フェ、フォ」のような音だったとして考えています。より厳密には「パ、ピ、プ、ペ、ポ」。)


「ふ」が四段動詞にしか付かないという謎めいた挙動は、動詞の意味と性質に関わると思われますが、またあらためて考察しようと思います。


(追記)
「(何か)」+「はふ」による動詞化の例では、
「にぎはふ(賑はふ)」←「にぎ(和)」+「はふ」 
もそうかもしれません。


(追記2)
上では「ふ」の原形は「はふ」であったと考えてみましたが、あるいは「らふ」なのかもしれません。
「らふ」とは、「ねぎらふ(労ぎらふ)」「まじらう(交じらふ)」「はぢらふ(恥ぢらふ)」などの動詞にみられる「らふ」です。
これは、それぞれ二段動詞の、「ねぐ(労ぐ)」「まず(交ず)」「はづ(恥づ)」の「未然形」に接辞「らふ」が付いて四段動詞化したものと考えられます。
たとえば、「ねぎらふ(negirafu)」なら、「negi」+「rafu」→「negirafu」です。
この「らふ(rafu)」が四段動詞の語幹に接続するさい先頭の「r」が脱落し、たとえば「むかふ(mukafu)」ならば、「muk」+「rafu」→「mukafu」となったと考えることもできるわけです。
動詞の「活用形」に係わることなのでもう少し考察が必要でしょう。


(追記3)
動詞の活用を語幹+接辞としてとらえなおす試み 古語編、の議論だと、上二段動詞の語幹は「ねぐ(労ぐ)」だと「negu」のように「u」で終わるから、追記2での議論は成り立たないことになります。