昔の思い出 昭和末期の米軍立川基地跡の廃墟のこと

当時、立川基地跡の区域の西側に沿った通りにフェンスが延々と続いていて、そこの所々に潜り込めるほどの穴が破ってあったので入ることができました。

入りやすかったので何回か入って撮ってみた画像をいくつか掲載します。冬の時季です。


アメリカ風の住宅。窓が失われて何かホラーっぽい雰囲気でもあります。


これも住宅だろうか。


ここでは、建物はみな白い。


これは倉庫のようにも見える。


これらの写真を整理して眺めているうちに、板張りの建物は米軍が建設、塗り壁の建物は旧日本軍時代からあるものなのではないか? と考えてみたけどどうでしょう。


住居が並ぶ。


何もない室内。


住宅ではないらしい長い建物


二軒続き?


四軒続き?


上の建物と同じ


下見板張りの簡素な建物


何かのパイプ。


直方体の白い構造物。


この構造物(二つの箱のような建物)は何かの実験施設という説があり、航空写真を見るとまだ現存しているようです


何かの施設の内部


煙突。Googleの航空写真で見るとこの煙突はまだ現存しているようです。


煙突の下の方。


工場。


同アップ。


同アップ


この階段は何だろう?


二階建住宅。平屋もちらほら。


この建物は、旧日本軍時代(米軍が来る前、この土地には旧日本陸軍の航空基地があった)からあるような雰囲気がある。


小さい建物が並ぶ通り。


これは何かの構造物の入り口らしい。



さらに続きはこちらにあります → 米軍立川基地跡の廃墟 その2米軍立川基地跡の廃墟その3


20年前なので、まだ現在ほどジャングル化はしていないようでした。
現在のこの基地跡がこの後どうなっていくのか、思いを及ぼすこともありますが、特にここでは触れません。


(画像を見返してみて、廃墟に付きものの落書きが、ほとんど見られないことに気付きました。消している様子もないし、昭和末期までにはまだ、廃墟等にでかでかと落書き(絵、グラフィティ)を書く「不良文化」は育っていなかったのかもしれません。同じころ巨大廃墟の軍艦島端島)を訪れた時も、名前を書く程度の落書きはあっても、大きな絵のような落書きを見た記憶はありません)


参考 米軍朝霞基地(キャンプドレイク)跡の廃墟