ミイラになりたいな

ミイラになりたいと思っていたことがありました。即身仏に。
深い理由も特にないですけどその壮絶さに魅かれたと言うか。

しかし、即身仏には一人ではなれません。人の協力が要ります。
すなわち、即身仏になるのは霊験あらたかな修行者で、祈祷や社会事業などで広く信者を集め、日頃から五穀建ち十穀断ちをして身体をミイラになりやすい体質に変え、時期が来たら地中に設けた石室に入って禅定しながら鉦を鳴らす、竹筒を通って音が地上に聞こえる、鉦の音がやんだら入定したものとして、信者は三年待って石室を掘り起こす、そこで見事ミイラと化していたら、形を整えて衣を着せて即身仏として祀る、こういうプロセスのわけです。現代これをやるのはかなり困難でしょう。不可能かもしれない。そもそも不徳の自分にそこまで信者がついてくれるとも思えない。だからといって一人で密かに山にでもこもってミイラをめざしたとしても、単なる自殺であって、気の持ちようですけどあまり意味のある行為だとは思えません。死んで祀られるという栄誉が欲しいわけでもないのですが、むしろ怖々と拝んでほしい、壮絶なミイラ状態を人々に晒すからこそ意味があるとも思うのです。
なんでしょうね。